きっと、オイラには生きづらい世界だったのです。少なくとも、そう感じているオイラは確かに居たからね。何事にも『つまらない』という言葉を当てはめて、死んだ魚の目をしてたからね。
だからオイラは『つまらないオイラの人生』を変えたかったのだと思うのです。誰かのための物語ではなく、オイラはオイラの人生がつまらなくならないように作品を作っているだけ。ただ、それだけです。だから、台本は日記だなんて訳わからないことを口走るのです。
『そんな理由で続けられるの?』と誰かに言われたとしても、きっと、そうだから仕方がないのです。それで続けてこれたのです。もしかするとそれじゃないと続けられなかったのかもしれません。
昔はオイラと同じように世界がねじ曲がって見えている人には共感できてもらえているような気もしていました。
逆に『ちゃんと人生を楽しめている人』にはオイラの芝居はあまり刺さらないような気もしていました。
分からない奴には分からなくていい。観たい奴だけくればいい。
そんなことを本気で思っていました。
昔の話です。
そんなこと言っていると、借金だけが膨れ上がり、恋人も寝取られて、違った意味で世界が歪んで見えてくるようになりますから気をつけましょう。
ただね、変わらないモノも確かにあるのです。それは『悪い癖』コイツが問題です。
『つまらない』と思ってしまうのです。そして、ソイツはこれだけ続けている芝居でもやってきます。
でも、なんで『つまらないのか?』
コレが分からないから、さらに問題なのです。
気分もあるでしょう、いや、きっと気分です。じゃあ、なんでそんな気分になっているのか?
コレも分からないから、さらに大問題なのです。
しかし、『太陽はキマグレ』なんてエッセイをやっているオイラです。この答えを出すのは難しいのかもしれません。
だから、そんな時は『つまらない』をベースに考えるようにしてます。そもそも、基本はどんなモノも『つまらない』のです。『”なにか”が自分を楽しませてくれる』なんて考えるのはナンセンスです。
どう楽しむか。どう没入するか。どう羞恥心を捨てるか。それが大事。
ミカタを変えれば世界はひっくり返るのです。
結構恥ずかしいこと書いてますが、オイラ誰かと会うときは基本作ってますからね。素のオイラなんて見せたらドン引きされるからね、だって、基本が不機嫌なんだから、だって、基本がつまらないと思ってるんだもん。
基本はマイナス思考なのです。だからこそのプラス思考なのです。
よくポジティブだと言われます。根っこがどっちかなんて本当は関係ないのかもしれないですね、傍から見てどう見えているかが大事なのかもです。
きっと、どんな世界も『見た目が八割』なのだから。
暑いですね。ボーっとしながら、今日も水風呂に浸かりながらそんなことを考えている、オイラでした。
現場からは以上です。
おしまい。2025・07・01