作品に効率を求めるなという人がいます。
芸術なんてそんなもんですからね、
一定の理解ができます。
効率よく作品作りをするべきだという人がいます。
芸術と言ってもお仕事ですからね、
一定の理解ができます。
どっちも正しいし、どっちも間違っているのかもしれません。
効率よく作った作品が薄っぺらいわけじゃないし、逆に時間をかけた作品が深いとも限らないからね。
ただ、オイラは思うのです。
効率について語り合う時間こそ、いちばん“無駄”なんじゃないかと。
なんか、真剣に討論している人達にこんな発言すると、ぶっ飛ばされそうですね。
こないだ、熱く演技論を語っている役者さんを見ていたら、なんか面白くなって笑ったら、「なに笑ってるんですかっっっ」って、めっちゃ怒られました。
アレと似てますね。
あはは。
でも、その無駄な時間が案外楽しかったりすると思うんですよね。
なんつっても、本当に無駄な時間なのだから。
つまり。
それって、ゲームをやっているのと同じだと思うんですよね。
真面目に遊び心を持ち続けることが、人生をエンジョイするための近道なのかもしれません。
う~ん。
考えれば考えるほど、生きるって、なにが効率的か分からなくなってきました。
まあ。
たまには無駄なことをやってみてもいいじゃないか、ということです。
成果や結果“だけ”を求めるから苦しくなるのです。
もちろん、成果は欲しいです。
オイラも欲しいっす。
だけど、『ソレのみ』を求めるのであれば違う気がするんだよな~。
だって、楽しめないからね。
効率的だろうが非効率的だろうが、きっと楽しんだもん勝ちだと思うんだよね。
よ〜し。
ではでは、オイラは新作ゲームを楽しみたいと思います。
おしまい。2026・3・15
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『本日、正義は我にあり』太陽のお歌詩箱 第16弾
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