その一言で、鳥山は持っていたグラスを軽く机に置いた。顔には、素っ頓狂な表情が浮かんでいる。「え?なんの話だよ、それ。倒れたって、花楓さんが?」
リリーは静かにうなずきながら、「ええ、過労で入院中よ」と淡々と告げた。その声の調子には、どこか皮肉めいた響きが混ざっているように感じられた。鳥山は口を開けたまま何かを言おうとするが、言葉が出てこないらしい。
鳥山が混乱したように頭をかきむしる。「いや、俺、最近顔を合わせた時も思ったんだよ。なんか顔色が悪いなーとか、体調が万全じゃなさそうだなーって。でも、『休んで』って言ったら、笑いながら『大丈夫だから』の一点張りだったからさ、深刻には考えなかったんだ」
「人間、本当にやばい時に人は『大丈夫』って言うものよ」とリリーが肩をすくめるようにして言う。
足立が呆れたようにグラスを置いた。「だいたい港全体が古臭い体質なんだよ。人手不足で首が回らないのに、誰かが助け船を出すって発想がない。花楓さん一人に仕事を押しつけといて、倒れたら『ああ、そうだったのか』って。完全に他人事だよ」
リリーが冷ややかに見つめながら言う。「結局、港全体が自転車操業なのよ。誰かが倒れると、それを補う手がないまま回し続けるしかない。誰もが分かってるけど、それをどうにかしようって話にはならないの。そんな状態で誰が耐えられると思う?」
鳥山が苦笑いを浮かべる。「耐えられないからこうなったんだろうな。」
「どうにかする方法なんて山ほどあるわよ。ただ、それを実行しようとする人がいないだけ。それとも、トオルが先陣を切る気になる?」リリーが皮肉っぽく問いかけると、鳥山はあわてて手を振る。「俺が?いやいや、そういうのはもっと偉い人たちに任せるべきだろ」
その時、足立がボソッと呟いた。「偉い人たちがどうにかしてくれると思うなら、もう少し若い頃に夢見ればよかったな」
その皮肉めいた一言に、リリーも鳥山も笑いを漏らす。そして再びスナックの中には、夜特有の静けさが戻りつつあったが、その静けさの裏には、解決されるべき問題が幾重にも積み重なっていることを誰もが感じ取っていた。
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