井上花道の死は、井上家に深い悲しみをもたらしただけでなく、その後の家族の運命を大きく分けることとなった。

港を離れる船の灯りが消えた今、九海丸の未来を巡り、二人の思いは交わることなくすれ違い始めていた。

柚は漁港の事務所に籠り、父が遺した九海丸の帳簿や漁具に目を通しながら、船を受け継ぐ決意を固めていた。「お父さんが命を懸けて守ってきたものを失うわけにはいかない」彼女はその言葉を、自分自身を支えるための軸として日々働き続けていた。

一方、杏子は閉じこもった部屋の中で、心の中を巡る思いと向き合っていた。机の上に広げられたノートパソコンの画面には、途中まで書き込まれたプログラムのコードが映っている。父を助けるために学び始めたそのコードは、いまでは虚しくも彼女の迷いや喪失感を映す鏡のようだった。「お父さんがいない今、どうしてこれを続ける意味があるんだろう」杏子はそう呟きながら目を泳がせた。

そして、ある夜。二人の間には避けられない衝突が訪れた。柚の言葉、杏子の反応、それぞれが互いの思いに触れることなくすれ違い、その場には張り詰めた緊張が漂っていった。交わされた言葉がきっかけとなり、杏子の中に深い傷が刻まれた。

翌朝、杏子は誰にも何も告げることなく、静かに荷物をまとめて家を後にした。彼女の部屋には、途中まで書かれたままのプログラムのコードが残されており、それが未完成であるように、二人の間に生まれた裂け目もまた修復されることはなかった。

柚は杏子のいなくなった部屋を見つめ、その静けさが港の静寂と重なっていくように感じていた。「お父さんが遺した九海丸を守るため」そう自らに言い聞かせる一方で、彼女の胸に生まれたわだかまりが消えることはなかった。

別々の道を歩むことを選んだ二人。その繋がりが断たれたわけではない。しかし、二人が再び交わるには長い年月が必要だった。

そして、10年という歳月の果てに、物語は再び動き出そうとしていた。

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