事務所の中は静かだった。窓から差し込む午後の光が、机の上に散らばった帳簿や書類を柔らかく照らしている。母はその光の中で、ペンを握りしめながら数字を追っていた。手元の動きは正確だったが、どこかぎこちなさが見え隠れしていた。
扉が開き、漁から戻った柚が入ってきた。彼女は無言で母の背中を見つめ、わずかに眉をひそめた。母の肩がいつもより低く落ち、浅い呼吸が微かに聞こえてくるのが気になったのだ。
柚は机の端に手を置き、そっと母の隣に立った。母は一瞬顔を上げ、かすかに微笑んだ。その笑顔にはどこか力がなく、柚は胸の奥にかすかな痛みを感じた。何も言わず机の上の書類に目を落とすと、数字の羅列が目に飛び込んできたが、それ以上考える気力は湧かなかった。
ふいに、母の動きが止まった。ペンが机の上に転がる音が響き、次の瞬間、母の体がゆっくりと傾くのが視界に入った。驚いた柚は慌てて手を伸ばしたが、母の体は椅子を滑り落ち、そのまま倒れ込んでしまった。
机の上に広がっていた書類が音を立てて床に散らばる。柚は母の体を抱き起こし、その顔を覗き込んだ。青ざめた顔色と閉じられた瞼が、胸に深い不安を呼び起こす。無言のまま、ただ母の頬に触れた柚の手は、僅かに震えていた。
その静寂の中で、柚は一息つくと電話の受話器に手を伸ばした。震える指で番号を押しながら、内心の焦りをなんとか押し殺していた。受話器越しに冷静な声が返ってくると、柚は短く、ただ母が倒れたとだけ伝えた。
散らばった帳簿や書類が、母が背負っていた重荷を物語っているようだった。その光景に一瞬視線を落とした柚は、再び母に意識を戻した。
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『太陽と対談』終了!!
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