杏子は一息つく間もなく、唐突に深々と頭を下げた。「申し訳ありません。九海丸のことで、ご迷惑をおかけしています。」その声は、スナックの柔らかな照明の下で驚くほど硬かった。

足立は思わずグラスを置き、怪訝な顔を浮かべた。「おいおい、杏子ちゃん、どうしたんだ?いきなりそんな深刻そうな顔して。」

杏子は顔を上げ、足立の目を真っ直ぐに見据えた。その視線には、若さに似合わない重みがあった。「私はもっと早く地元に戻るべきでした。でも、その責任を果たさずにここまで来てしまった。このままでは九海丸は沈んでしまいます。これからは私が立て直します。」

その言葉に足立は眉をひそめ、少し間を置いて返した。「それはまぁ、立派な決意だけどよ。杏子ちゃん、それを社長にちゃんと伝えたのか?」

「社長?」杏子が首を傾げる。

「そうだよ、お姉さんのことだよ。昔は『柚ちゃん』なんて気軽に呼んでたけど、今じゃ立派な社長だ。」足立は肩をすくめ、わざとらしく溜息をつく。「とはいえ、横柄な王様みたいな社長じゃないけどな。皆の分まで頑張って、あれこれ背負い込むタイプだから、逆に皆がついていくんだよ。まあ、それも柚ちゃん…いや、社長の才能ってやつだ。」

その言葉に、鳥山がじっとしていられるわけもなく、突然割り込んできた。「そうそう、この間なんてさ、倉庫の隅で柚社長がゴミ拾いしてたんだよ。ほうきを持って、『綺麗な方が気持ちいいでしょ』なんて笑いながら、黙々とやってんの。見た瞬間、え?社長が?って思うじゃん。」

彼は語りながら身振り手振りを加え、まるでその場にいたかのように話を続ける。「そしたらさ、しばらくするとどこからともなく人が集まってきて、気づけば大勢で掃除してんだ。あれ、なんで俺まで掃除してんだ?って気づく間もなく。まぁ、俺は眺めてるだけだったけどね。でもさ、それだけでもすごいだろ。みんなを引っ張る力っていうか、無言で場を動かしちゃうんだもんな。」

足立は苦笑いを浮かべながら、一言。「お前が眺めてるだけってのが問題だろ。いい加減手伝えよ。」

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