時間というものが、あたかも人に「変化することが正しい」と説教しているのだとしたら、都会は最優等生と言えるかもしれない。コイツは時々「ほら、僕が最も変化を楽しんでいるから見てごらん」とでも言いたげな微笑を浮かべる。道路の上に輝くネオンライトは、変化の先端を走る金メダルを誇示するかのようで、それが都会の優等生ぶりを示しているのだろう。だが、時折見せる劣等生の影もまた鮮明だ。その影はビルの裏に潜み、都会の喧騒を背にして静かに膝を抱え込んでいる。何かを失いながら、それでもその場に留まる存在がいる。それもまた都会の一部だ。田舎ののんびりとした古時計とても追いつけない。そして、どれだけ変化しようとも、都会の夜が喧騒であることだけは相変わらずなのだ。

杏子にとって、その喧騒は新たな生活を形作るための必要条件だった。10年前、父の死と姉との激しい衝突を経て故郷を離れた杏子は、都会の速さに自分を合わせるようにしてプログラミングというスキルを身につけた。それはまるで、速さを武器に変えて自らの道を切り拓く戦術家のようだった。

部屋の窓ガラスには、無数の街灯の光が映り込み、風がないにもかかわらず揺らいで見えた。その光景が、何か不確かで掴みどころのない感覚を杏子の胸に植え付ける。机の上のノートパソコンにはコードが並び、通知音がその静寂をひょいと破ってはすぐに消える。それが杏子の日常だった。

膨大なコードと向き合い、思考を巡らせる時間は確かに多い。それでも、その羅列のどこにも10年前に切り離した家族の記憶に手を届かせる術はなかった。その記憶は、どんなに目を逸らしても心の隅にしつこく留まり、時には彼女に何かを問いかけてくるようだった。

画面越しに映る自分の姿に気づき、杏子はふと手を止めた。虚ろな表情をしたその顔には、目の下のクマがうっすらと浮かび、体に染み込んだ疲れの跡が残っている。心の中では「どれだけ忙しくしても、やっぱりこれだけは忘れさせてくれないのか」と、苦笑いすら浮かばない感情が湧き上がる。

机の端に置いてあったスマートフォンが震えた。画面には「車田」の名前が表示される。杏子は一瞬指を止め、目を細めながらその名前を見つめた。幼馴染で、地元で細々とスナックを経営している友人からの連絡は、珍しいことだった。珍しいからこそ、次の瞬間に電話を取るときの杏子の動きはどこかぎこちない。

受話器越しから聞こえる声は、普段の明るさを失っていた。代わりに、張り詰めた緊張が入り込んでいる。「お母さんが倒れた」。車田の言葉は短く、それ以上の説明はほとんどない。だが、その短さだけで杏子には十分だった。言葉がまるで自分の頭の中を何度も反響し、空気が次第に重くなっていくのを感じる。

電話を切った後、杏子は椅子に深く座り込んだ。机の上には、かつて父のために始めたプログラムのノートが開かれたまま置かれている。それは、杏子が見つめていない時間ですら彼女を見つめ返しているようだった。杏子はそのノートを静かに手に取り、ページをめくる。そこには、未完成のコードが並んでいた。その並びが、まるで現実と過去の間に橋をかけるための手がかりのように感じられる。

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