
二度あることは三度ある。
三度目の正直。
良いも悪いも、3回くらいで判断していいのです。
昔の人も「三顧の礼」なんて言葉を残しているくらいです。
仏の顔も三度までなのです。
どうやら“3回”というのは、人を見極めるのにちょうどいいのかもしれません。
しかしながら。
もしかしたら、3回で決めつけてしまっているオイラは、損していることがあるのかもしれません。
もう少し長い目でお付き合いした方がいいのかもしれません。
ただ『かもしれない』だけなのです。
つまり、この論理でオイラは上手くいっている『かもしれない』のです。
かもしれない運転を、突き詰めると、最終的には車に乗らないほうがいい『かもしれない』。
なんてところにいきついてしまう『かもしれない』のです。
でもまあ、そんなに『かもしれない』を気にしていたら、何もできなくなってしまいます。
こないだ雪が降った日にバイクで出勤するかどうか悩みました。
滑るかもしれません。
滑らないかもしれません。
結果は滑りませんでした。
しかし、目の前を走っていたバイクはすってんころりんと滑って転倒していました。
滑る奴もいれば、滑らない奴もいるのです。
ただ、それだけです。
別にね。
3回じゃなくてもいいのです。
何回だっていいのです。
ただ、自分の中に“目安”がひとつあるだけで、
ちょっとだけ生きやすくなるのです。
オイラはたまたま、それが3回なだけです。
こないだ5回チャレンジしたら成功した人の話を聞きました。
心が揺れました。
同じような話を3回聞いたら、5回にしてみてもいいかもしれないと思いました。
こないだ30回チャレンジしたら成功した人の話を聞きました。
不器用すぎる本当にいい人でした。
オイラはいい人にはなれないかもしれないと強く悟った瞬間でもありました。
もし、三回生まれ変わることができたらチャレンジしてみようと思います。
おしまい。2026・4・15