
舞台上に静かに立っているだけなのに、
場の空気を変えてしまう男がいます。
カードゲームでフィールドカードを使ったかのように、
その瞬間だけ、フィールド“山田”になる。
山でも海でもありません。
ただ、そこに立つだけで地形を変える男。
その名も、山田青史。


彼は声を張り上げるタイプではありません。
どこから見ても“頑張らない”タイプです。
むしろ、そこに“ただいるだけ”。
ある意味、カイザーです。
“存在感”と“空気感”で勝負しているように見えます。
なもんで、青史の芝居は、
一見すると落ち着いていて、
どこか達観しているようにも見えたりします。
派手さもなく、強そうでもありません。
ただただ、そこにいるだけです。


しかし、
やたらと存在感の密度が高いのです。
そのせいか、青史は沈黙を恐れません。
言葉を急がず、自分の呼吸の速度で世界を動かします。
いつも“作られた自由”で物語の軸を支えてくれています。
20年以上一緒に作品を作っていますが、
良くも悪くも、これだけ芝居が変わらない人も珍しいと思います。
ずっと、青史です。
ある意味で、小劇場の芝居はコレでしょうと言わんばかりです。
若い子は絶対にマネしないでください。


そんな青史に今回演じてもらったのは、
定時制の教師である赤城。
赤城は、定時制クラス担任の山崎の“元教え子”でもあります。
過去の山崎の話や、
反面教師としての記憶や、
自分が見てきた“山崎という人間”を、
静かに、淡々と、しかし確実に抱えている人物です。
赤城は、山崎を否定するわけでもなく、
肯定するわけでもなく、
ただ、事実として“見てきたもの”を持っています。


どこか冷静で、
どこか温度が低くて、
どこか優しくて。
でも、その距離感が絶妙にズレていたりします。
そして、青史はいつもと同じように、
静かに“感情のズレ”を表現してくれました。
その結果、赤城という人物の“人間味”が、
静かに浮かび上がったのかもしれません。


フィールド山田。
今回も健在でした。


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『彗星は月をみていた』太陽のお歌詩箱 第24弾
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